PROFILE

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20、30代のための起業塾「男塾」塾長
株式会社ティーブレイン代表取締役
株式会社AZITO代表取締役
株式会社ウルフプロジェクト取締役
株式会社NAVY取締役 

”サラリーマン時代から起業までのSTORY”

 

 

 

僕は、学生時代、勉強、スポーツ、人付き合いも、中の中。 何の取り柄もない学生だった。  
大学時代は、ほとんど学校に行かず、 毎日ダラダラと日々を過ごしていた。

僕の中では、大学時代、社会人時代を「暗黒時代」と名づけており、 カラッポの日々が続いた。  

大学三年生で周りが始めたからという理由で少し遅れて、就活を始めた。

初めての就職説明会で、 地元(茨城県)の実家近所の ホームセンターの説明会に行った。  
地元の茨城弁訛りの説明会。 その会社自体にも、 参加している学生にも、 全く興味がもてず、誰とも、一言も喋らなかった。  
「オレはこのまま、こんな感じのオッサンになるのかな・・・」  
そう思ったその瞬間、何もかもが嫌になった。   そして、就活をやめた。  

就活したくないから、アメリカに語学留学してみようと思った。  
「おやじ、アメリカに行きたい。金、貸してくれ。」  
父親は、どことなく嬉しそうだったのを覚えている。  
まぁぶっちゃけ就職から逃げたかっただけだったけど(笑)

そして、23才の春、ロサンゼルスへ渡米。  

その1年が僕の価値観、人生を大きく変えた。  

日本とはまるで違う世界・・・  
日本から出たことがなかった僕には、 全員が自由人に見えた。   そして、こう思った。
『いつか、自由なライフスタイルでお金を稼ぎたい。 』
『好きな場所で、好きな人と、好きな時間に仕事をしたい』  

そして、 ロサンゼルスで参加したボランティア活動を通して、 いつか、人の為に自分の人生を生きたい。  
そう、思うようになった。偽善だけど、それでいい。  

親父が癌になり、帰国。     すぐに現実に引き戻された・・・。

何をしていいかわからない自分がいた。  
結局、何の取り柄もない、なんの武器もない 「中の中」の僕は、
「とりあえず就職するしかないか・・・」   現実をつきつけられた、叩きのめされた気分だった。  

そして親父のコネで、就職した僕は、 毎日、ロサンゼルスでの思い出に浸りながら、 現実とのギャップに苦しんだ。  
「早く会社をやめたい…そして、自由になりたい」と毎日願った。  
一番の辛かったのが、部内で行く飲み会。  

⇐サラリーマン初日の写真(笑)  

 
飲み会がある日は、 前日の夜から憂鬱だった。   僕はお酒をコップ1杯飲むと、頭痛に襲われる。  
味も嫌い。匂いも嫌い。   しかし当時、営業部にいた時の上司は、体育会系。

「オレの酒が飲めないのか?」 そう言いながら、ピッチャーでのイッキを強要されていた。
イッキをする度に、すぐにトイレに駆け込み、 人差し指と中指を喉の奥に突っ込んだ。
頭の血管が切れそうになりながら、 食べた食事と一緒に、飲んでしまったお酒を絞り出した。  

それでも、吸収してしまった微量のお酒のせいで、すぐに頭痛に。   そして動けなくなり・・・  
毎回毎回、悔しくて涙が出た・・・。   ストレスで髪が抜け、毎朝、枕元に落ちている毛の本数を数えた。
朝、吐いてから会社へいった・・・。   「絶対にこんなクソ会社辞めて、見返してやる・・・」  

しかし、何の取り柄もない僕には、 どうすることもできなかった。  
当時は、「脱サラ」を恐怖だと感じていた。   辞めたい・・・       そう思うと同時に、当時は、 こんな気持だった。

「自信がない。自分には起業なんか出来ないだろう…失敗したくない」
「一度脱サラしたら、もう二度とサラリーマンには戻れないだろう…」
「毎月25日に入ってくる給料がなくなるのは、とても不安…」  
そんなことから、会社を辞められずに、 毎日、苦悩の日々を過ごしていた。  
そんな葛藤の日々を過ごしてた時に、 大村さん(43歳)が現れた。  

「起業を手伝ってくれないか?」   大村さんはコンサル会社で勤務してきたが、 サラリーマンに嫌気がさしたらしい。  

長年のコンサル業務で培ってきた マーケティングノウハウでアパレル会社を立ち上げて成功したい!と熱く語ってくれた。
とても魅力的なオファーだった。 立ち上げ資金も大村さんがサラリーマンをしながら貯めた3000万円が使える。  
そんな好条件のオファーにも、脱サラが不安だった僕は、返事できずにいた。  
そんな時、父親に相談したら、意外にも、あっさり「やってみたら?」という反応。  
それが僕の背中を押し、脱サラすることを決意できた。    

詐欺とは知らずに・・・      

気づいた時には、それまで貯めた数百万円の貯金はゼロに。   その時は本当に大村さんを恨んだ。
オレの人生どうしてくれるんだ? と。   途方にくれた。  
騙されたと気づくまで、 夢のような将来像を思い浮かべワクワクしていた僕は、 一気に絶望の淵へ叩きのめさた。          

しかし、やはり何をしていいかわからない僕は、 転職サポート会社に出向き、就職先を斡旋してもらい、面接を受けた。
まずは試用期間3ヶ月。   ・・・

また、逆戻り。   理不尽なことで何度も怒鳴られた。  

また、同じ人生の繰り返し・・・  

そして、3ヶ月経たないうちに、また逃げた。  
何やっても続かないし、どうしたらいいの・・・      

「俺はコレがしたくて、起業するんだ!」 そういう人が羨ましく見えた。    
そうこう悩んでいた時に、 「起業してほぼ確実に成功する方法(堀江貴文)」を知った。  
そして、 「これに合う業種・・・ホームページ制作をしよう!」 そんな単純な動機だった。
ハローワークがやっている職業訓練を受け、 ホームページの作り方をひたすら勉強した。  
そして、勉強を開始してから6ヶ月後、フリーランスとしてホームページ制作事業を開業することとなる。(2010年1月)  
「開業」というと、華々しい胡蝶蘭やテープカットのようなイメージがある。
しかし僕の場合、税務署にいってハンコを押して・・・ とても平凡な一日だった。   誰にも言えなかった。

なぜなら、騙されたことが恥ずかしくて、 そのことを誰にも言っていなかったから。  
資金ゼロ、人脈ゼロ、ビジネス経験ゼロ。  
どうやって仕事を取ったらいいかわからなかった。  

とりあえず、飛び込みまくった。 そりゃ話を聞いてくれるわけはありません。  
話を聞いてくれたとしても、「実績は?」と聞かれ、断られる。  
ほぼ収入がない日々が続いたが、 少しずつ案件を取れるようになった。  
しかし、既に価格競争の業界。  
お客様や見込み客にどんなサービスがあったら 買ってくれるか聞いてまわった。  

みなさん「売上があがったら・・・」 そんな感じの回答が多かった。        
少しずつ売上が上がり、ビジネスとして、 しっかりと稼げるようになってきた。  

 
同時に、自分が20代で苦しんでいたのと同じように、 苦しんでいる20、30代男子を救うべく男塾を開始し、 現在運営中。  

今は、やりたいくないことはしない。 やりたいことだけを追求する。

ミッション:若い男子に「人生が豊かになるキッカケ」を与える

何もない僕が、好きな場所に行き、好きな人と出会い、好き勝手生きる人生を実現することで、
一人でも多くの男子が「俺にもできるかも・・・」という希望を持ってもらえたら嬉しい、、、
 
 
 
 
 
【生まれ】 

1981年8月15日、獅子座のAB型。 京都生まれ、関東育ち。  

【身体特徴】
身長175cm 体重66kg。  

【趣味】
歌を歌う、海外にいく

【特徴】
・  小学生の頃、姉が所属していた合唱部に入らされ、姉の卒業後、小学5年生の時に、女子部員に楽器倉庫に閉じ込められたり、いじめにあっていた。 以来、それがトラウマとなっているのか、グループでのディスカッションになると発言は控えるようになった。
・それもあり、もともとは、人前で話すのが大の苦手で、3人位いるだけで発言するのに緊張してしていた。セミナーともなれば、紙を持つと紙がブルブルしてしまっていた。
・人前で話すことへの苦手意識を克服するために、毎週大人数の前でプレゼンをしなければならない朝活に参加し、2年半の間、毎週プレゼンを準備し、無欠席で参加し、苦手だった人前でのスピーチが得意になった。
・お酒が全く飲めないので、基本的には飲み会等には出席しない。大事な席は出席するが、みんなが生ビールを注文する中、毎回「コーラ」を注文する
・父親の影響で、健康主義。タバコ、酒、暴飲暴食、不摂生とは縁がない。
・承認欲求が強い。いつも他者比較をし、悔しい想いをしている。  

【仕事・ライフスタイル】
テーマは「自由」
・毎月海外にいっている
・好きな人とだけ会うと決めている
・サラリーマン時代が精神的に辛かった反動で、「好きなときに、好きなひとと、好きな場所で」仕事ができる事に喜びを感じる。
・18年間ジムに通っている。
・  起業当時はホームページ制作会社として起業した。起業してまもなく、価格競争が激しい業界であることに気付たがどうすることもできず、価格勝負で仕事をこなしていた。忙しいのに儲からず、朝から深夜まで仕事にあけくれ、自由とはほど遠い生活だった。
・差別化を図るために必要と確信したマーケティングを勉強し始めた。毎日忙しい業務の間にマーケティングの勉強をしまくった。そして、制作業者からコンサルタントに。
・価格競争で悩んでいた時期があったので、抜け出す方法についてコンサルタントをコンサルティングすることが多く、価格競争で悩んでいるコンサルタントに高額契約のアドバイスをしている。こちらも2〜10倍の単価アップの実績がある。
・自分が「中の中」だったからこそ、誰にでも自由なライフスタイルを手に入れることが出来ると確信している。
・大学でも武田塾を開催し、将来に何の期待も持てなかった大学時代の自分に、教えたいことを伝えている。
・2014年後半は、武田塾を大阪でも開催。より多くの人に稼いでもらい、理想のライフスタイルを手に入れてもらいたい。
・現在は男塾を全国に広めるべく試行錯誤をしている。       

【口癖/決め台詞】
全てをコントロールする
born to be free
一度きりの人生
遊びが仕事
人生を楽しみまくる
すべて自己責任  

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